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ノンケのフェラ友

今ではすっかり父親もボケてしまって介護施設の世話になっている。数年前に母親がガンで亡くなり、そこからボケに至るまでは早かった。母親が寄り添っていたからこそ父親は生きてこれたのだろうと思う。
父も母もいなくなりガランとした家で両親の私物を整理していた。売れるものは売ってしまって父親の介護費用の足しにしたかったのだ。すると、父親の私物と思われるフォトブックが出てきた。何の気なしにパラパラめくっていると、そこには若かりし頃の父親の写真がずらりと貼られていた。
しかし、ふと気になったのは、母親と映っている写真が一枚もなかったことだ。それどころか、いずれの写真も父親は男性と映っていた。タイプは様々だ。年上もいれば年下もいる、見るからに体育会系もいれば文化系もいる。家族をやっていた頃は気づかなかったが、父親の交友の広さにちょっと驚いた。僕の中の父親は家庭を顧みない仕事人間のイメージだったからだ。
ノンケのちんこ
ただ、僕はそれらの社員に何らかの違和感を覚えていた。繰り返し見ていてその違和感の正体には気づいた。父親と男たちの距離が近いのだ。中には今にもキスしそうな写真もあった。
そんな僕の気づきを僕に代わって父親の世話をしてくれている伯父(父の弟)にそれとなく聞いてみると、伯父はとんでもないことを言い出した。彼らは父親のフェラ友と言うことだった。
伯父が何を言っているのかわからなかった。それならば、僕や母親の存在はどうなる?ノンケのフェラ友なんてありうるのか?という問いに、父親は人間そのものを愛していた人だった、と伯父は答えてくれた。そこに男女の壁はなかったのである。しかし、母親と言う存在があり、僕と言う子供まで作った以上、ノンケのフェラ友は考えられない。そんな僕の問いに伯父は「その写真を誰が撮ったのか考えてみたらいい」と言った。
それはきっと母親なのだろう。母親も容認していたからこんな写真も残っていたのだと思う。旦那が両刀使いであることに対して母親はどう思っていたのだろう?とフォトブックの最後のページをめくると、そこには笑顔で一枚の写真に納まっている父と母の姿があった。
ちんこ舐めたい
ノンケをフェラしたい